<一部変更>わたあめ日記へようこそ!
2010年12月以降のブログについてみなさまへのお願いを《コチラ》に書きましたので
どうぞお読みください。準備が出来次第お返事させていただきます!
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妊娠が分かった時のこと② 
実家の誰にも伝えず帰省した私を見て、仕事から帰っていた父はたいそう驚いていた。
嫁に行った娘が、荷物を抱えて、おまけに深刻な顔までして
突然玄関に立っていたらそりゃあ「出戻り?!」と思うはずだ。

父に一通り説明して、誤解が解けた所で、仕事から帰ってくる母を車で迎えに行った。
母には一応、病院帰りに事情を説明していたし、
「こっちの先生にも診てもらいなさい。」と言っていたので、平気かなと思っていたら
結局驚かれた。
まさかこんなに即日帰ってくるとは思いもしなかったようだ。
私の行動力をなめちゃいかんのです。

でもこの家族の驚いた顔が、おかしくて、一人で不安に押しつぶされそうだった心が
フッと安らいだのを覚えている。

そして次の日、出産予定に決めていた個人病院へ向かった。
結果は、「やっぱり双子で、リスクの高い出産になるだろう」ということだった。
その先生は、こうも続けた。
「このタイプの双子ちゃんは、一絨毛性一羊膜っていって、出産に当たって
赤ちゃんにかかるリスクは2倍、お母さんにかかるリスクは4倍以上だよ。
そして、産まれてくる赤ちゃんが万が一どんな状態だろうとそれを受け止める強い意志が必要なんだ。もし、それでも産もうと思うのなら、うちではできないから、大きな病院に紹介状書くから。
でも、年齢的に次の妊娠の可能性はまだまだあるし、分かってるリスクを考えたら今回は
諦めるっていう選択も決して悪い事じゃないよ。」と。

私は不安で不安で涙をこらえるのに必死だった。
そして病院から実家に帰る前に、旦那に電話をして、相談した。
もう声を聞いたらこらえていた涙が一気にあふれてしまったので
旦那は事態を把握したように「今回は諦めよう」と言い、
私は「ごめん。」と繰り返した。
この「ごめん。」はせっかく楽しみにしてた赤ちゃん産まなくてごめん、だったのか、
お腹の中の赤ちゃんに産まなくてごめん、だったのか、自分でも分からなかった。

このときの私は、出産や双子にまったく無知で一絨毛性一羊膜でも元気に産まれてくる
子がたくさんいるのも知らなかったし、先生の言う『どんな状態』でも育てる覚悟と
いうものは正直なかった。
今思えば、「命の選択」をしてしまっていたのかもしれない。

それに人の母というものは、自分の身を投げ打ってでも子供を守るもの、
と勝手にイメージしていた私にとって、自分のリスクを考えて子供を犠牲にするという行為は
母になる資格がないような気さえしていた。

その日はさすがに泣いた。
この歳になって人前で泣くことなんてそうそうなかったが、実家の家族の前で
思いっきり泣いた。


そして、「あー、楽しみにしてた旦那の両親にも電話しなきゃ。」と思い、
電話でこれまでの流れを話すと、納得してくれた。
私はほぼ放心状態でぼーっとしていると、今度は旦那の両親から電話が入った。

この一本の電話がまたしても私の運命を変えたのだった。


③に続く。
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